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    直造は、然し、突嗟とつさのうちに考へをまとめることができなかつた。彼はあの慇懃な荘重さをとりもどしていた。が、何となく悄しをれた所のある物腰で、房一の挨拶を受けたのだつた。

    「はゝゝ、でもカワラケにはちがひない、それがかうひよつとね」

    「君に云つとくが、何んだぜ、小倉組の者なんかにかゝり合ひをつけちやいかんぜ」

    と、徳次は叮寧にならうとして一種奇妙な言葉づかひになりながら、

    ざつと四十人近い客数であつた。その半ばあたりへ来ると、直造は一々前まで行くのを止めて、ふりかへつては「山下さん、お次へどうぞ」と云ふ風に名を呼びはじめた。だが、房一の所へはなかなか来なかつた。大部分の客が席に居並んだ頃になつて、房一は漸く自分を呼ぶ直造の稍しやがれた声を聞いた。

    「あゝ、さうだつた。なあんだ!」

    「別に惜しいほどのことではありませんよ」つづけて、ふいに調子を変へると、

    実際、練吉の滑つこい気持よくふくらんだ頬には、その時ちらりとした微笑の影がさしていた。

    じつさいに、房一が練吉のことを想像していたのと反対に、練吉はたつた今坂路の上から見慣れない、何となく不様なだがともかく彼の注意を惹かずには居れない種類の男がいるのを目に入れるまでは、全く房一のことは毛ほども考へたことはなかつた。したがつて彼はひどく驚かされた。次には興味を持つた。練吉はその甘やかされ、順調に育つた境遇からして、他人との手厚いつき合ひの心持などは持たうとしたことがなかつた。大石医院の若医師としての境遇は、彼が望んでなつたものでもなければ、苦心して得たものでもなかつた。彼はたゞさうなるやうに生れついた。それをさまたげる事情は何一つなかつた。この自分では大して好んでもいないし、やむを得ずなつて、やむを得ずまはりから、尊敬を受けている位に考へている医師としての職業は、しかし内実は彼の虚栄心を無意識のうちに支へているものだつた。何故なら他の誰でもがこの町で医者になることはできなかつたし、彼自身は大して好んでいなくつてもなれたのだ。

    「よし、それでは預つとかう」

    「たゞし、預かるだけだよ。この分が残つている間はいくら後から来ても貰はんよ。いゝかね」

    このどこの誰とも判らない相手を満更知らぬでもないらしい様子を見せながら、房一は手早く書きこむと、

    ――「それでは、わしの方からお礼を云はなきあならんのです。どうぞ、よろしく願ひますわ」

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